九州ホスメックリカバリーセンター(HRC)

顔から炎症が消えかけた頃から、微笑みかけられる機会が自然に増え、「かわいそう」から「かわいい」へ。それに従って、啓太ちゃんにも笑顔が宿り、笑顔でいることの楽しさと幸せ感を幼いながらに知ったようです。(優子さん)
容易に触れられないほどめくれあがった皮膚

2005年11月
オムバスの自宅温泉湯治を始める前
啓太ちゃんは、生後1カ月でプツプツと赤い湿疹を顔に出していたそうです。1カ月健診では「よくある普通のことで、薬を使うまでもない」との医師の言葉に安心をもらっていましたが、3カ月経っても、4カ月経っても自然に退くことはなく、むしろ赤みの範囲は広がり、ここまで真っ赤な子は見たことがないといった状態に。ステロイドはよくないと知っていた優子さんは、啓太ちゃんを小児科に連れて行き、ステロイド以外の薬を処方してもらっています。「これで退いてね」と、様子を見ながらハラハラしつつ薬を塗るも、ビクともしないほど啓太ちゃんのホッペは荒れに荒れていました。めくれあがって汁が出てガビガビ。
血も出ていて、薬1つ塗るにしてもどう触ったらいいのかもわからない、下手に触れては痛がらせてしまいそうな怖い状態でした。小児科の薬では効かず、次は皮膚科へ。やはり出されたのはステロイド。それは使わず、また別の病院へ行くと、抗生物質、抗アレルギー剤、抗ヒスミン剤などが処方されていますが、それらを塗ってもよくなりそうな兆しすら得ることはできませんでした。炎症だけでなく、手足の冷たさも気になる点でした。「青紫色をしていたんです。蒸しタオルで温めていました。まだ11月、もっと寒くなったらどうなるんだろうと心配で…」(優子さん)
単に活水器を売りつける業者?実家はオムバスに不信感
皮膚科に通ったときに、母乳の場合はお母さんの食事が大切と、玄米菜食を勧められていた優子さんは、無農薬野菜について、そしてアトピーについてをネットで調べているうちに「日本オムバス」の情報に行き当たります。
『アトピー性皮膚炎の治し方がわかる本』(小川秀夫著/かんき出版)を買って、読んでみると、ステロイドでは治せない理屈がとてもよくわかったそうです。夫・正宏さんとともにオムバスに興味を抱き、まずいきなり電話をしてみるのではなくメールで啓太ちゃんの状態を伝え、相談しています。
お風呂に入れるとしみて痛がること・触るのも怖い肌状態ながら、スキンケアをしてあげるほうがいいのかといった問いかけに具体的なハウツーを惜しげもなく書き記した返信が山田修平相談員(日本オムバス神奈川)から届きました。何度かのやりとりを経て、もっと密にコンタクトをとって、しっかりオムバスの推奨する入浴法を始めたいと思う正宏さん・優子さん夫妻に対し、両方の実家から「ちょっと待った」が出たそうです。
「実は、僕の実家ではかなり以前から水道水の塩素は体によくないと、飲み水もシャワーも浄水器を使っていました。塩素が肌に与える悪影響とステロイドの悪さは実家も知っていたので、その考えとオムバスの考えは合うはずのものだったのですが、オムバスのことを説明すると、活水器を売り付けるだけの業者だろうと疑っていましたね。こんな考え方の会社だと書籍を見せても、啓太を一刻でも早くキレイにしてあげたい!という気持ちが勝って実家は実家でステロイドを奨めてきました。始めると決めてからは協力してくれたんですけどね」(正宏さん)「うちの実家もステロイドはダメだと前から言っていて、でも、同じようにオムバスのことは怪しい〝単なる販売業者.だろうと疑ってかかっていました。だから母も一緒に名古屋の相談会に出てもらったんですが、かなり失礼なことを山田さんに言っていましたね」(優子さん)
「こんな方法は?」「あんな方法は?」と、オムバスの考えと異なる手法を問う質問に、自然治癒力を上げること以外、根本的な治療にならないといった説明がなされたとか。優子さんのお母さまはその段階で納得の色を見せられ、湯治を始めてからは片道1時間かけ、ほぼ毎週手伝いに来てくれました。
そこから始まる見た目最悪の3カ月間

近藤さんのお住まいはアパートで、元付け型の活水器が容易には設置できない建物構造だったようです。今でこそ、『あとぴナビ』誌面でも「活水器の浴室利用例」がよく紹介されていますが、あれは、近藤さん宅の例により見出された方法といっても過言ではないようです。設置工事が難しく、自宅全体の水を活性化させることは無理だけれど、湯治用に浴室でさえ使えたらと、お風呂場に直接取り付けることに。「業者さんといろいろと考えたんですよ。うちが初めてこうやって取り付けた第一号なんだそうです」(正宏さん)。
器用な正宏さんは、ホームセンターで部品を買ってきて、活水器をタテ置きできるように枠を手作りされています。
2005年12月、いよいよ自宅温泉湯治の開始です。最初は15分くらいから、昼と夜の2回、大人に抱っこされて入るお風呂。活水器のキレイな水と、そこに濃縮温泉「はこねの湯」を入れ、じっくりと温まりました。「それまでの水道水だけのお風呂だとしみて痛がってよく泣いていたのですが、活水器をつけてからは気持ちよさそうで、眠ってしまうことがよくありました。私もお湯の肌ざわりのよさにはビックリしました」(優子さん)。「お湯から塩素の臭いがしないのはいいですね」(正宏さん)。なめらかなお湯にしっかりつかりながら、啓太ちゃんの頬にもそのお湯をやさしくかけていく毎日。「キレイになぁれ」「しみこめ、しみこめ」と毎回祈るように入っています。しかし…。
年の瀬が来ても、親族に会ってしまうお正月になっても、大人の都合のいいようには肌にいい変化は起きてはくれませんでした。ますます傷が増えたようにもなって、それまでベビーオイルでしていたスキンケアでは追いつかなくなり、山田相談員のアドバイスのもと「サージオイル」でのケアに切り替えています。
抱っこをすれば服に頬をこすりつけてくる。寝ていればシーツにこすりつけている。顔には、鼻以外、めくれ上がって血や汁を出していない肌はないといった状況です。
そして、昼夜問わずかゆくて泣き叫ぶその泣き声は、まるで虐待でもしているんじゃないかと思われるほど尋常ではない声の大きさだったといいます。さらに、自宅温泉湯治開始前は顔だけに限られていた症状が、ふくらはぎにも現れるようになっていました。皮膚の下にはかゆみの塊が詰まっているよう。それは熱さえも帯びていました。
薬に手が伸びそうになる毎日こらえてよかった
その日は来た!

2006年 1月
湯治開始から2カ月。顔は炎症がさらに激しくなり、おでこも真っ赤に。
「ちっともよくなっていかない」どころか「ますますつらそうに見える」そんな毎日。優子さんは、出だしの3カ月間で精神状態をうまく保てなくなっています。
「仕事中にもしょっちゅうメールが届くんですよ。『早く帰ってきて』『もうヤダ』『ツライ』と。ノイローゼみたいになっていましたね」(正宏さん)
弱音を吐くのは、一人でつらさを溜め込みすぎないため。ただ堪えて言わないままだと気持ちが煮詰まる一方だから。そんな優子さん、不安が募りすぎて眠れない夜は、すべての思考が悪い方にと向かってしまって、一人暗闇の中で声を殺して泣いていました。真っ暗な部屋で気持ちも真っ暗なままパソコンを立ち上げ、山田相談員に「本当に治るの?」と、人から言われて一番嫌な質問をそのままメールでぶつけていたようです。「もう感情のままに打っていました。
翌朝見ると恥ずかしいようなひどいような。でも、山田さんは常に冷静に電話かメールをしてくれました」
周囲の目に晒される恐怖も優子さんを苦しめていた要因の一つです。一歩外に出たら、知っている人も知らない人までもが啓太ちゃんの顔を覗き込んでは「一体どうしたの?」が始まるからです。外には出たくない、でも、出ないと啓太ちゃんがぐずる。隠れるようなお散歩。それはビクビクの時間でしかありませんでした。
信じて始めたオムバスの自宅温泉湯治なのに、少しも希望が見出せないつらさにイライラと不安は募りました。その間にも「ステロイドは塗り方さえ間違わなければいい薬だ」といった情報も入ってきます。そういう話につい揺らぐ心。傍らにはかゆがって火をつけたように激しく泣く啓太ちゃん。以前皮膚科で出された薬を塗らずとも捨て切れなかった優子さんは、何度も取り出しそうになります。『今塗ってやることがこの子のつらさを減らしてあげられることなの?そうしたら私の不安も落ち着くの?』と自問自答。一人でいると折れそうでパパにまた「早く帰ってきて」と無茶なメールを入れています。
徐々にでもキレイになる兆しが見えてきていたら、何も迷いや葛藤はなかったでしょう。しかし、兆候のない中で信じるものは自分たちの気持ちだけというのは苦しいもの。正宏さんも日々つらそうな優子さんと啓太ちゃんを見るにつけ、その場だけでも楽になるなら、ステロイドをつけてもいいんじゃないかとさえ思えたそうです。「でも、そう言うと『ヤダ、塗らないって』(笑)」。
ある日、そんな優子さんの状態に気づいた山田相談員は、啓太ちゃんと同じような経緯をたどって克服をしたオムバス会員さんを紹介してくれたそうです。電話で「今つらいでしょうね。でも、うちの子も同じ。そのまま続けて大丈夫ですよ」と、同じ境遇だった人の言葉が、何ともいえない安心感を与えてくれました。
今日は塗ろうか、このままだったら明日は塗ってしまおうか―、いつも塗る・塗らないの瀬戸際だったのが、こうしたアドバイスをはじめ何かのきっかけで、「やっぱり塗らない」に翻るときを何度も経て、啓太ちゃんはステロイドを使うことなく、毎日の湯治で「キレイになぁれ」を繰り返し、ついに“その日”を迎えるに至ります。
2006年2月後半、自宅温泉湯治を始めて約3カ月でおでこにキレイな肌が見え出したのです!
同じ道を辿る人にもっと楽な思いをしてもらいたい

鼻以外にも肌色の肌が見えてきた!かゆみも減ってきたのでしょう、笑顔の時間が増えてきました。今まで根強く残っていた「冷え」もそういえば改善されていて、しかも、それまでは見たことのない「汗」を湯治するたびにかきだすようになったのです。「これって汗?」、そう気づいた優子さんは正宏さんをお風呂場に呼び、二人で「汗だ!汗だ!」と大はしゃぎ。汗は、自分の力で代謝ができている証です。
その後は、顔の上から下にとぷよぷよの赤ちゃんらしい肌がズンズンと領域を広げていきます。頬の炎症はかさぶたになり、初節句にはほぼキレイな肌が覆い、双方のご実家も、ほっとひと安心。

2006年 4月
かゆみが減って笑顔が増えだした。
塗ってしまえばきっと、それを体外に追い出す時期が加算される。ダメージも増すし、結果として悪い期間は長くなり、こんなに早くキレイになれることはなかったかもしれません。1歳の誕生日を待たずして、そう、まだ月齢児のうちに全身柔らかなふわふわ肌を手に入れた啓太ちゃんです。
「あの頃の私たちのように、何もいい変化が見えなくてつらさの真っ只中にいる方には、私たちのこの克服レポートを読んで、揺れないでほしいと伝えたいです。克服は、自分の選んだ湯治という方法を信じて貫けるかだけにかかっています」とご夫妻。同じつらさで迷う人には、自身の経験が役に立てばと、誌面を通してアドバイスしてくださいました。

正宏さんは、そんなこと気にしないでいいよとばかりに「ホントにかわいいなぁ!最近なぁ」と、話題を変えます。啓太ちゃんを抱きしめ、「今からやっと普通の子育てができるじゃない。よかったじゃない」と、わが子がかわいくてまらないといった表情であやします。
まだ歩けない啓太ちゃんは、つかまり立ちしながら足踏みをするのが大好き。自分の足で自分の力で一歩ずつ歩んでいけるように、ママの「イチニッ、イチニッ」の掛け声にあわせて、今はりきって練習中なのです。
家族が3 人になってから初めての旅は念願のHRC へ

昼になるたび、夜になるたび、「あ~、またお風呂の時間だ」と、湯治に追われて、気持ちにも時間にもまったくゆとりのなかった頃は、旅行なんて考えたこともなかったという近藤さんご一家。今やっと旅に出られる! しかも、『あとぴナビ』で見るたびに行きたさが募ったあのHRCに!

1 階の個室風呂で。広々としたブースです。「ボディーソープのヌルヌルをすすぎきれていないのかなぁと、何度も流してしまいましたが、これって温泉そのもののとろみなんですね。このとろとろ感、まるで片栗粉でとろみをつけているみたいですね。えっ?例えがヘン? あと、温泉がいいせいなのか、なかなか冷めないこともビックリです」(正宏さん)
「活水器をつけて、濃縮温泉も使っているし、いいお湯には慣れているはずだし、これまでもいろいろな温泉には行ったことがあるし、ちょっとやそっとのいい温泉には驚かないぞと思っていたのですが、ここの温泉のよさにはすごく驚きました」(優子さん)

「HRCの食事は噂に違わず本当においしいです。野菜おいしい、ご飯おいしい。おかずたっぷり。バランスよし。ありがたいです。家では、私の姿が見えないとギャッと泣くほど、“後追い”が激しくて、なかなかゆっくり台所に立てないから、種類を多く作れなくて」(優子さん)
十三穀米と野菜の離乳食。野菜は自然農法のもの。この日、啓太ちゃんに用意された離乳食は、にんじん・白菜・かぼちゃ・さつま芋などをご飯とともにすりつぶしたもの。


「HRCの周りを散歩して、自転車を借りてコンビニまで行って、すごくのどかでのんびりできます。部屋の窓を開けると自然の豊かな匂いがして落ち着けました」(正宏さん)







