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![]() 足には少し掻き傷が残る程度。炎症もかなり退いた。かゆみも薄れ、アルバイトに出ていた頃。 |
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4カ月間は耐える期間 死ぬ病気じゃないが 死ぬ気で頑張れ 初来社となった平成7年5月22日。面談には小川秀夫会長が同席しました。首に本来の肌が見えている部分はなく、顔も炎症に覆われ、目も開けづらい様子、一目で重症と分かる状態です。お腹、背中、そして手足にも、数多くボコボコした丘疹が見られます。 「病院の言うことと違って、これは“薬疹”だと言われました。ステロイドがもたらしたものだと。そして、最低でも離脱は4カ月続くだろうとも。耐えられるかと会長から聞かれたとき、自分の中に覚悟ができました。他に相談にきていた人たちよりも、俺は最悪のひどい状態にいましたが、どうもみんな薬で抑えている感じ。それなら、既に薬を断っている自分の方がマシだと思いましたね」。この1カ月ほど前に遠藤さんは薬の使用を自ら中止していたのです。 「そのとき、『薬さえ止めていたら、20年後、30年後にはアトピーは治るでしょう』とも会長は言われました。湯治は、代謝を高めて治すのを早めるために行うものだと説明していただき、それで確かな信用が生まれたのです」仕事を辞め、湯治に専念する日々の始まりです。 「湯治を開始されて、すぐに高熱を出されましたね。感染症の可能性もあるのですが、炎症そのものも熱を持っています。あれだけ炎症に覆われていましたから、よけいに全身が熱かったのではないでしょうか」(宮治カウンセラー) このため早々に湯治は中断。それが引き金となったのでしょう。湯治をしたい意欲が膨らみ、平熱に戻った途端、遠藤さんは1日1時間を4回、パワフルにこなし始めました。眠れない夜の延長で朝が早かったため、1回目は早朝5時、その後眠り、昼食後に1回、そして、夕飯前と就寝前に1回ずつというスケジュールを来る日も来る日もこなしていきました。 「根性とか、絶対治してやる! とかいった前向きからではないと思うんですよ。もともと出不精で、何をするでもなく家にいるのは苦痛じゃないし、他にしたいこともないし……。だから湯治三昧。どんどん温泉で代謝と免疫機能を上げていけば、ゴールに近づくことは分かっていたから、早くその日を迎えられればと思っていましたけどね」。多分、これは謙遜も交じえたコメントです。いくら他にしたいことがないといっても、それほど打ち込み続けるには努力が必要条件なのですから。 |