主に色素沈着が問題となっていた頃。背中をよく見ると、皮膚の荒さが分かる。細かい湿疹が固まっている。


友達と家族に
支えられて


 これ以上ひどくなる、そのひどさが想像もできないほどに、湯治開始前から既に吹き出していた遠藤さんの炎症でしたが、温泉の力に押され、ますます離脱は出てくるようになっていきました。
「たまらなく恥ずかしくて、絶対誰の目にも触れたくない」状態。耳・頬から首にかけて、溢れ出た滲出液が皮膚のめくれとともにカチカチになり、本来の肌の上にゴワッとした皮を1枚貼りつけたようになっています。「いつか耳がちぎれてしまうのでは」というほどに、耳の上下が切れ、また、全身の丘疹の数も増え、そして大きくもなっていきました。口周りもかさぶたで覆われガチガチです。口は開けづらく、食事に支障が出ていました。

「その頃は温泉に入っていてもまだ汗が出ないので疲れなく、1時間が決して苦痛ではありませんでした。でもかゆさは強烈でしたね。風呂場で掻くと、血や汁が飛び散って、タイルをブワッと汚してしまいました。その様子がひどいんで、母ちゃんや父ちゃんが順番に風呂にきては、飛び散らないようにこすってくれるようになりました」

  ラジオを聞いたり、テレビを見たり、4コマ漫画を読んでみたり、苦痛ではないといっても、お風呂での時間潰しはなかなか大変だったようです。お風呂から上がると、友達が遊びに来ています。「よっ」。それはお見舞いとか励ましという形ではありませんでした。夕方からお店を開ける友人が、昼間、遠藤さんが家にいるようになったことを喜び、テレビゲームをしたり、話したりするためにほぼ毎日当然のように遠藤家を訪ねていたのです。形相が変わってしまったことにもアトピーのアの字にも触れない友人、何一つ今まで通 りで、他愛のない時間を過ごすのです。人の目を拒否したかった遠藤さんですが、彼だけは別 。会うことに抵抗がなかったのは、あまりにも動じず、彼が近くにいたからなのでしょう。
「その友達の奥さんが元美容師。散髪屋に行く勇気がない自分のために、月に1回、髪をカットしに奥さんが来てくれていました」

 離脱のピークはほぼ2カ月続きました。かゆみと血と滲出液、首がガチガチに固まっていて、振り向くことも寝返りもままなりません。
「掻きむしった後、血と汁がすごいので、それを見るたびに自己嫌悪。もう毎回後悔」。バスタオルで作ってもらったベストを着て、その上からシャツ、パジャマを着ます。それでも布団に入ると、着ている物すべてに体液は染み出て、それはシーツをも乗り越え、敷布団にまで到達していきました。

 毎日4回、湯治の度に着ている物からシーツまでをまめに取り替えることに。おばあさんが、率先して洗濯してくださったのだそうです。
「周りの人たちが全員自分のために動いてくれていたことを、渦中にいた頃は気づきませんでした。自分のことしか考えられなかった時期です。ひとりじゃ何もできなかったくせに、気づく余裕がなかったのかな」

  Back