湯治開始前
湯治経過日数163日
湯治経過日数512日
 夜眠れないことにも説明が付いた。原因が何であれ、副腎皮質の働きが悪くなると、皮膚の炎症が起こり、かゆみが増す。特に夜の11時〜2時はホルモンが一番出なくなるというではないか。一番のたうち回っていた時間である。眠れず汁まみれになる苦しさは一種独特で、やはり経験者にしか分からないと思う。夜は冷たいしぬるぬるするし、第一臭い。私は一番ひどいのが顔〜首だったが、鼻が出るように、タオルとガーゼを2重3重に巻き、眠りに(眠れないけど)つこうとした。それがだめだと、タオルやティッシュが張り付いて、はがすのに血まみれになるのを覚悟して、うつ伏せなってうとうとする。それでも体をむずむずさせて、明け方疲れはてて、あきらめて、やっとまどろむ。だから6時前におきて7時前に家を出るペースはもうとうてい無理になっていった。
 しかし、私は自分をアトピーと認めることによって、気持ちは楽になっていった。同じような苦しみを味わいながら治療をしている人や治った人がオムバスにはいっぱいいる。自分を支えてくれるカウンセラー・医師もいる。これは本当にありがたいことである。自分ではよく覚えていないが、私はかなり頻繁に電話やファックスをしていたらしい。変化や疑問があるとすぐに質問して不安は解消しておく。カウンセラーには最後にいつも「じゃ、頑張ってね」と言われて「はい、頑張ります」と答えてはいたものの、実はちっとも頑張ってなかったのである。頑張る必要もなかったのだ。念願の湯治は始まるわ、眠れなくたって理由が分かっているし、そのうち眠れる見込みがあるし、単なるぐーたらではないらしい。自然のペースに任せようという、リラックスしたこの気持ちが何より楽になるという。こんな良いことなかった。
 湯治の最初の頃は、何をするにも時間がなかかったので、湯治時間は1日トータル2時間がせいぜい。それでも気がつくと、湯治時間が増え、眠れる時間も増え、夜中に起きた回数が数えられるようになり、それも減っていった。その頃かゆみがあると無意識にかいてしまうので、毎晩、爪をこれ以上切れないくらい短く切って、丁寧にヤスリをかけて寝るのが日課だったが、それでもタオルや顔に巻き付けたガーゼに赤や黄色のしみが付いていた。それがいつしか色が薄くなり、ガーゼの枚数が減り、ある日ストレートに朝を迎えられたのを知ると、「眠れたんです!」矢も楯もたまらず、ファックスを送っていた。
 ある朝鏡を見たら、なんだか懐かしい感じがした。「??」少しあとで気がついた。「二重まぶたに戻ったんだ!」何カ月もひかなくなっていたピアノもいつしかはじき始めていた。紫外線が強くなる頃、私は元気に散歩に出掛けるのが日課になっていた。
     
  カウンセラーからの
コメント

山田修平カウンセラー

 湯治を始めると離脱が落ち着き始め、開かなかったまぶたが開くように。気持ちの疑問が一つなくなると、症状もブレーキも一つはずれるかのように、快方に向かいました。藤田さん自身、体が軽くなっていくのを感じていた時期のように思います。自分ではい「友人から『石橋をたたいても渡らない人』と言われていた」と話していましたが、この時は、少しでも前に進むために『石橋をたたいいて渡る』という言葉そのままに、自分で考えたことは必ずカウンセラーに確認を取って、一生懸命に実行に移そうとしているのが印象的でした。また、それまで、自分の症状の治療を一人で考えて一人で行動して、良い結果が導き出すことが少なかったせいでしょう。何をするにも確認の姿勢を崩しませんでした。相談できる環境を本当に喜んでいたようですね。
 
     

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