5年生の夏。1年前は傷だらけだった膝周りや肘の炎症がすっかり退いた。一部に掻き傷はあるが、皮膚の修復は早い。この日からプールが解禁になった。
 
アメとムチの湯治
母と子の攻防は続く


「朝早く起こしたいのを我慢して我慢して、11時に起こしにいくんですよ。おばあちゃんも心配して毎日、『起こさなくていいのか』『起こさなくていいのか』って」(英子さん)
 夜中じゅう掻き通しなのだから、眠れるときに眠らせてあげなければ……。頭では納得していても、気持は揺れ動きます。
「大事な国語とか算数はだいたい午前中の授業ですから、勉強が遅れるのが心配で。家でやれるように通信販売の教材を買ったんですけど、本人が全然手を着けなかったから、ただ捨てました(苦笑)」(英子さん)
 とはいえ、慶彦くんが学校に遅刻して行ったのは1学期の間だけ。湯治開始から1カ月余りで夏休みに入ったからです。しかし、時間はたっぷりあっても、自分から積極的に入ってくれるわけではありません。
「何せお風呂に入るのがイヤだから、『早く入れー』とか『(ゲーム機の)"64(ロクヨン)"買ってあげるから入る?』『テレビ付けてあげるから入る?』とかって。もう詐欺に遭ったみたいなんですよ。私がバカだった(苦笑)」(英子さん)
 お風呂の脱衣場にテレビを置き、アニメや野球を見ながら入ったり、ゲームボーイや漫画の本を持って入ったり。湯治をめぐって母と子の攻防は続きます。
「やっぱり、何かしてないと長時間は入れないですよね。『だったら、お母さんが入ってみろ! 1時間!』って(笑い)。自分でやってみると、確かに30分でたくさんだと思いましたもん」(英子さん)

野球やめないんだ
絶対に治すんだ


 お母さんに何度も言われてようやく入っていたお風呂に、自分から入るようになったきっかけはカウンセラーの一言でした。湯治開始から3カ月たった9月の面談でのこと。
 慶彦くんの小学校では、部活動が始まるのは小4の2学期から。野球部に入ったことをうれしそうに報告する慶彦くんに、カウンセラーがちょっとクギを刺しました。「3カ月後の面談で、今より状態が悪くなってたら、部活は休もうね」と。それから、慶彦くんの湯治に対する姿勢が変わり始めたのです。
「見てるとボリボリ掻きながらやってるんですけど、野球だけは続けたかったんですね。『絶対に野球やめないんだ。絶対に治すんだ』って、頑張ってきた感じです」(英子さん)
 野球を続けるためには体を治さなければならない。野球を続けるためにはお風呂に入らなければならない。お風呂に入って、アトピーが治ったら、思いっ切り野球ができる!
 湯治と野球が慶彦くんの中で明確につながったのでしょう。大嫌いだったお風呂に、少しずつ自分から入るように。ときには浴室の壁を拳で殴りながら、お風呂で頑張る慶彦くんの姿がありました。
 徐々に寝付く時間が早くなり、その分朝起きられるようになると、2学期からは遅刻せずに学校へ。放課後2時間の部活と1日2時間の湯治を両立しながら、少しずつ少しずつ快方に向かいます。そして、秋の運動会には、みんなと同じ半袖半ズボンの体操着が着られるまでになっていたのです。


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