背中や肩の炎症がだいぶ落ち着いてきた。手首と肘の内側に掻いた跡があるが、傷にはなっていない。かゆみもようやく軽くなり、軽くこすれば治まる程度になった。
 
最高のオドシ文句は
「野球やめさせるよ」


「あれはうれしかったと思いますね。ただ、湯治を始める前からそうだったんですけど、気温が下がってきて冷たい風が吹くと、どうしてもガサガサになるんです」(英子さん)
 ここからが湯治の第2段階。良くなったり悪くなったり、一進一退の波をくり返す長い闘いは、離脱期とは違った辛さがあるのです。カウンセラーとの約束から3カ月後の12月。慶彦くんは0日に逆戻りしたかのような、掻き傷だらけの状態でした。
 でも、カウンセラーは、野球が命の慶彦くんから野球を取り上げるつもりはありませんでした。送られてくる報告書には、『野球、すっげー楽しい!』の文字が踊っていることも。大好きな野球があればこそ、辛い湯治も頑張れるのですから。
 今まで通りしっかり湯治を続ける約束で、部活も「OK」に。が、お母さんからは時折、「野球、やめさせるよ」とオドシ(?)がかかることもあったようです。
「ひどかったときは、本当に野球をやめた方がいいんじゃないかと思いましたね。『部活、休ませてもらった方がいいんじゃない?』って。こんなにひどいのに、休む時間も寝る時間もないからかわいそうだなぁって」
 部活動がオフの冬場は湯治に集中できても、5年生になってシーズンに入れば、あまりの忙しさにお風呂が億劫になることも。
「部活が終わるのが6時半。帰ってすぐにご飯を食べて2時間入ると、それだけで9時ですよ。宿題もありますし、1日30時間あったらいいなと思う感じでしたね」(英子さん)

喜んだり落ち込んだり
2年目は一進一退


 そんな1日を来る日も来る日も積み重ね、時間をかけて治癒力を引き出していくのが湯治療法。3カ月で重篤期を抜け、一進一退の波が数カ月単位で小さくなり……。振り返れば、着実に良くなってきたことがわかります。しかし、その渦中にあるときは、どこにも出口がないように思えることも。
 湯治も2年目に入ると、一旦きれいになっていた肌にぶり返しが来て、ガックリ肩を落とす場面が何度も。「いつになったら治るんだよー!」と叫びながらの湯治が続きます。
「ちょっと良くなるのがすごくうれしいだけに、悪くなると崖から突き落とされる思いですよね。そのくり返しでした」(英子さん)
 何度も何度も崖から突き落とされるうちに、這い上がる元気も萎えてきます。もしかしたら、このまま永遠に一進一退を続けていくのでは? そんなとき、崖の上から手を差し伸べているのがカウンセラーです。
「せっかく良くなってきたのに一進一退が続けば誰でも不安になりますし、そういうときに会員さんから電話をいただくことは多いです。よくお話ししたのは、慶彦くんが次のステップへ行くためのお風呂の入り方とか、お菓子を減らすこと。そういった一つひとつの見直しでしたね」(松澤博一カウンセラー)


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