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| ●湯治経過日数0日 ●湯治経過日数43日 ●湯治経過日数444日 ●湯治経過日数688日 ●湯治経過日数729日 ●湯治経過日数1087日 ●湯治経過日数1214日 |
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| 再び症状が現れ始めると「あっ」と言う間に全身にかき傷が増える。この後、症状は一進一退を始め、良くなったり、悪くなったりの繰り返しになる。 | |||||||||||||
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| 離脱状態については、私はさほど心配はしていなかった。というのは本に載っていたような、何年も毎日ステロイドを塗り続けた重症の人と、みゆきは絶対に違う。確かにステロイドは使ってきた。しかし、症状のひどい時に限って塗っただけで半年間まったく使わずにすんだ時もある。 みゆきはその時幼稚園の年中組に通っていたが、年長組に進級する頃には完治しているかもしれないと私はたかをくくっていた。離脱状態といえば、体液が流れる、ひどい痒みで夜も眠れない等、良く耳にするが、みゆきの場合はお湯こそ茶色に汚れたが、小さな発赤疹が体のあちこちにばらばらと出ただけで、10月に面談にいった時には既にかなりきれいになっており、やはり思った通りだと私達は大喜びだった。 しかし、現実はそう甘くはなかった。少しづつ症状が後退し始め翌年の夏まで一進一退を繰り返した。日中の痒みは時々程度だったが、湯治中と寝る前、夜中の痒みが続き、特に1時間、2時間とずっと痒みが止まらな かった時もある。症状は発赤というよりも、かき傷が中心でとても痛々しかった。 おばあちゃんというものは、どういうわけか孫を楽しませる不思議な力を持っている。風呂場からは、いつも二人の楽しそうな笑い声が聞こえてきたものだ。 夫には平日何もできない分、土、日の湯治には積極的に関わって欲しかったので「休みの日はお風呂お願いよ。」と話してあった。しかし、湯治の時間になっても自分から声をかけてお風呂に入る、などということは本当になかった。私が黙っていると、いつになっても湯治は始まらず、イライラして腹立たしかった。私も土、日くらいは湯治が休みたかった。しかし、夫は毎日、帰宅時間が遅く疲れているのだろうし、みゆきは毎日、毎 日、休みなく頑張って湯治を続けている。そんな気持ちが足かせとなって、結局は土、日も私が一緒に湯治することが多かった。 |
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