●湯治経過日数0日
●湯治経過日数106日
●湯治経過日数444日
●湯治経過日数688日
●湯治経過日数729日
●湯治経過日数1087日
●湯治経過日数1214日
自宅温泉湯治をスタートすると、ひどかった炎症も消えていった。
まだ肌はカサつき、全身のかゆみは残っていたが、炎症がひいたのでひと安心。

 これなら、みゆきも治るかもしれない。私の目の前に、希望の光りが見えたような気がした。
そして1994年8月20日面談の日を迎えた。みゆきはもうすぐ五歳の誕生日を迎えようとしていた。
 当日受付をすませて通された待合室で名前を呼ばれ、部屋へ入るとそこには小川会長がいた。あまりに突然のことで驚いてしまった。力強い握手は今でもはっきりと覚えている。スライドを見ながらの説明には説得力があった。どんなに重症でも最後には必ず完治する。私はそう確信した。
 担当カウンセラ−として林さんがついてくださることになった。これからはサポ−トしてくれるカウンセラ−がいる。とても心強くありがたかった。
 そして、みゆきは卵と牛乳の制限をやめ、薬漬けの生活にピリオドを打った。
 8月27日いよいよ湯治開始。長い道のりに第一歩を印した。我が家は、夫と私、みゆきと2歳違いの弟、夫の母の五人家族である。夫は朝は早く帰宅は遅い、夫の母はパ−トに出ていたため、私が湯治の面倒を見ることになった。
 最初は一回に10分程度を一日3回行い、少しづつ時間を長くしていって、2週目の終わりには一日2時間近く入れるようになったが、小さな子供を湯治させるのは本当に大変なことだった。みゆきは一人で湯舟に入っていると、どうしても立ち上がってしまい、良く暖まらないので、必ず私も湯船に入って膝の上にみゆきを座らせ、一緒に汗を流した。この頃から、みゆきが「お母さん、大好き」ということが多くなった。みゆきからそんな言葉を聞くのは本当に久しぶりだった。どんなことをしてもアトピ−を治してやりたいのに、それができない葛藤、この子がアトピ−でさえなかったらという思い、それがいつしかみゆきの存在を拒否する気持ちを芽生えさせていたのかもしれない。それを敏感に感じ取って、逆に私もみゆきから拒否されていたのだろう。でも、もう違う。私の心はまっすぐに、みゆきを見ていた。肌と肌の触れ合いが心地良かった。そんな母親の心の変化を感じ、こんな言葉が出てくるようになったのだろう。私は温泉療法に出会えたことに、改めて感謝せずにはいられなかった。
     
  林哲弘カウンセラー
からのコメント


初回にお会いした時の症状は完全に消えていた。その時のお母さんの喜び、そして笑顔がとても素敵だった。しかし、私の心の中はそれとは裏腹に曇天だった。それはひとつの葛藤が渦巻いていたからだ。本当のことを言うべきかどうか。みゆきちゃん自身の力で今の状態まで上げたのであれば、手放しで喜べるのだが、今まで薬に依存してきたみゆきちゃんの体を考えれば、容易に否定できた。しかし、私が出した結論は「今のこの喜びを大切にしよう。ともに喜ぼう。」でした。このお母さんの笑顔こを、副作用のない一番効く薬なのだから・・・。
 
     

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