●湯治経過日数0日
●湯治経過日数43日
●湯治経過日数106日
●湯治経過日数444日
●湯治経過日数729日
●湯治経過日数1087日
●湯治経過日数1214日
春から再び、ぶり返しが始まり、この頃がピーク。症状が全身に現れ、首の周囲や肘や膝などの関節の裏が特にひどく、見ていても痛々しい。

     
  林哲弘カウンセラー
からのコメント

 再び症状がぶり返してきたことで、お母さんがとても悲しんでいました。ぶり返しの始めの頃は、春先で気候も不安定だったので、身体も変調をきたしやすい時期だろうと考えていたようでしたが、だんだんと醜くなっていく状態を目の当たりにして、お母さんのショックも徐々大きいものへと変わっていったのを覚えています。また、みゆきちゃんもお母さんの気持ちに答えられないという落ち込みが見受けられました。2人にとってこの頃は、二度目の湯治のスタートと呼べる時期だったのではないでしょうか。
 
     
 湯治を始めてから1年5か月後の2月のことだった。ちょうどその頃、予定されていた面談に行くと、林カウンセラ−も喜んでくださり、まだ薄めて使っていた温泉も水道水のみに切り換えとなった。湯治開始から、ずっと私達親子を支えてくれた林カウンセラ−は、四月には大阪支社へ転勤になる。次は新しい担当カウンセラ−に卒業式をしてもらうようにと嬉しいお話を頂いて私達は別れた。
 次に私達を担当して下さったのは、山田修平カウンセラ−だった。しかし、次の面談は卒業式とはならなかった。すっかりきれいになった状態は数日しか続かず、再び症状がぶり返してきたのである。
 実は、私には思い当たる所があった。林カウンセラ−との最後の面談の数日前に古い坐布団のカバ−を掛け直している時、綿ぼこりを吸ったためか、喘息の発作を起こしたのである。皮膚はきれいなのに何故喘息が出たのか、その時は不思議に思ったが、やっと謎が解けた。体の中は、まだ完全にはでき上がっていなかったのだ。しかし、落ち込んでばかりもいられない。もはや生活の一部となった湯治を淡々と続ける毎日だった。
 みゆきは幼稚園を卒園し平成8年4月、小学校へ入学した。一年生になってからは、朝7時40分には家を出なければならない。平日の朝は起床してから湯治、それから朝食のパタ−ンに変わった。しかし、夜中の痒みがぶり返していたので、起床時間が遅くなり、朝の湯治ができない時期もあった。
 いつも太陽のように明るく輝いていようと思っていながら、みゆきの状態が良くないとつい、私の表情はくもってしまうのだった。そんな時、みゆきが「お母さんの笑顔を見ると元気が出る」と私に話してくれた。そうだ、子供に不安を与えてはいけない。いつも、山田カウンセラ−からもそうアドバイスされていたのにと反省しながら、子供からも大切なことを教えてもらっているんだなと、しみじみ感じていた。

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