離脱のピーク。0日には落ち着いていた足にも炎症が噴き出してきた。かゆみ、痛みが強く、動くのもやっと。お風呂以外は布団に横になっているしかなかった。

「治らない」宣告が
行動を起こさせた


 会社の先輩に勧められてサウナに行くと、さらに腫れ上がって悲惨な姿に。たまりかねた関口さんは、大学病院の皮膚科に駆け込みます。
「そこで、はっきり言われました。『アトピーは治らないから、うまくステロイドを使うしかない。少し強めの(ステロイド)を出しておくから』って」
 ステロイドに副作用があることは、薄々知っていました。だからこそ、薬はなるべく控え目に塗り、ひどいとき以外は保湿剤で我慢してきたのです。それなのに……。
 アトピーは治らない――。聞きたくない言葉でした。「うまく」使わなければならないステロイドを、この先、一生塗っていくのか? 渡された「強めのステロイド」で、嘘のように炎症が退いた顔や腕を見ながら、関口さんの心は晴れません。そして、あきらめる気持にもなれませんでした。
 このとき、権威ある大学病院の皮膚科医から「治らない」と太鼓判を押されたことが、自ら治療法を探すきっかけになったのです。手当たり次第にアトピー情報を集め出した関口さんが、オムバスの存在を知るのに時間はかかりませんでした。
 97年2月。大学病院での「宣告」から2カ月後には、ご両親と3人でオムバスへ。目の前には、全国アトピー友の会の小川秀夫会長がいました。

3カ月の休暇を取り
治すことに専念


「経過写真を見ながら説明聞いてたら、気が楽になりましたよね。なーんだ、これやれば治るんじゃんって(笑い)。ただ、離脱はちょっと怖いけど、しょうがないよなっていう感じでした」
 小川会長が、今の状況を早期に改善するには、休職して湯治に専念した方がよいと強く勧めてくれたことも、迷いを吹っ切る大きな力になりました。注射や薬で体をだましながら、狭き門をかいくぐって就職した会社です。病気とはいえ、就職から1年足らずで長期休暇を取ることに、迷いは当然ありました。
「小川会長は、『治ってから好きなことをすればいい』って。実際、かなりきつかったし、休職したかったですから、会社に行かなくていいのは正直言ってうれしかった。治ってから働けばいいんだって思うことができました」
 上司もしぶしぶ休職を認めてくれましたが、「ただし、3カ月だけ」という条件付き。3カ月後に復職できる保証はありませんでしたが、関口さんの覚悟は決まっていました。
「とにかく、治さないことには何も始まらないから。このままアトピーを引きずってはいられないという気持が強かったんです」
 経過写真でも分かる通り、当時の関口さんは強い炎症と掻き傷で肌はボロボロ。眉毛も抜け落ち、生気のなさはとても23歳には見えません。体力はとっくに限界を越え、仕事を続けられる状態ではありませんでした。


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