夏を迎えて一気に良くなった。はがれる皮膚の量が減って、見た目にはほとんど問題なしという状態。部分的にかゆみはあるが、掻いても傷にならない。眉毛も生えてきた。

退職後の湯治生活に
傷病手当をフル活用


 湯治開始から3カ月たった97年5月。期限付きの病気休暇は終わりに近づきますが、まだ復職は無理でした。「いま辞めていいのか。これからというところなのに」と引き止めてくれる上司に、関口さんは「治す方を優先したいので」とあっさり退社。3カ月前に湯治を選んだときから、方針は決まっていました。
 退社の際、関口さんは社会保険制度の傷病手当を申請。これで向こう1年半は、基本給の何割かに相当する金額が、毎月支給されるのです。利用しない手はありません。
「それが大きかったですね。おかげで温泉代は自分で払えるし、その中で小遣いのやりくりもできる。だから、1年半が過ぎたらバイトをやろうと思ってました」
 マイペースでしっかり者の横顔がチラリ。復職の焦りも吹っ切って、あとは気持も軽く一直線に湯治をするだけです。
 もう一つ、気持を楽にしてくれたのは仲間の存在。関口さんには、バレーボールや趣味のギター、オートバイなどを通じて、いい友だちがたくさんいました。バレーボールの練習に復帰したのも97年5月。社会人チームの練習は中学校の体育館で週1、2回、夜7時からの2時間です。
「復帰したての頃は、体のキレが悪いなぁと思いながらやってました。やってるときは気にならないんですけど、汗もかきますし、終わるとやっぱりかゆかった。だけど、ストレス発散になりました」

中盤からは積極的に
外へ出て運動も


 体温調節をつかさどる自律神経の働きが低下すると、暑くても汗が出にくくなります。関口さんの場合、比較的汗が出やすかったのは、長年続けてきたバレーボールのおかげかもしれません。
 体を動かすことでかく汗の爽快感を知っている関口さんは、動けるようになると積極的に外へ。バレーボールの練習では飽きたらず、近所を散策したり、もちろん仲間の誘いも断りません。
「眉毛ねぇじゃん、とか言われても、別に気にならない(笑い)。普通に接してくれたのが良かったですね」
 97年の夏には海へ遊びに行ったり、鈴鹿までオートレースを見に出掛けたり。湯治以外は「けっこう好き放題」の自由な毎日です。かゆみや炎症も順調に退き、97年の秋には掻いても傷ができなくなっていました。バレーボールの「体のキレ」も戻り、もうアトピーに見えないほどの回復ぶり。しかし、関口さんの場合は、このあとの不眠との闘いが長かったのです。
「かゆくて眠れないわけじゃなくて、ただ眠れないんですよね。不思議なんですけど」
 生活のリズムを立て直そうと、早めに布団に入っても、目は冴えるばかり。ようやく眠りにつくのは明け方です。
「回復の途中で、かゆくなくても眠れないという時期があるんです。関口さんはその時期が結構長かったですね」(奥田カウンセラー)


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