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この1カ月半前に受験。プレッシャーから一時症状も落ち込んだ。精神的・肉体的疲労に、症状が左右される可能性がまだ高い。しかし、戻りが早い。 |
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アトピーを治すことより 他に大切なことはない 湯治開始から3カ月が経って、離脱のピークが過ぎ、かゆみはやや引いていきました。しかし、こめかみ辺りには相変わらず滲出液が見られます。 「髪の毛が張りつくのが嫌で、坊主頭にしました。眉も薄くて、妹からは『怖い』なんて言われていましたね(笑い)。塾に行くときは乾いていたはずが、室内に入れば、汁が流れてきたりすることはしょっちゅう。それは辛かったこととして覚えています」(茂之さん) 高校も最終学年になり、いよいよ受験の雰囲気が周りに色濃くなっていきます。まだまだ長引きそうなアトピーとの闘いに、多感な青年は焦りを覚えていきました。 「挑む前から親が安全パイを出すのもよくないとは思いましたが、『今年は受からなくていいよ』って言っていたんです。甘やかしていると言う声もありましたが、あのすごい肌を見た者にしか分からない決断でしょう」(牧子さん) 「生きる力も目的意識もいつも茂之さんには漲っていました。山田先生からも、『現役でダメでも、君は、アトピーから解放されて、人生をしっかりやっていける人だ。目先のことに囚われなくていい』とのアドバイスがあったのでしたね」(柴田カウンセラー) 「そう太鼓判を押していただいたことで、肩の力が抜けました」(牧子さん) 学校生活においても、担任や学校側にアトピーについての理解を訴えていた姿勢が実り、授業中に顔を洗いにフラッと抜け出すことも、温泉水を吹きかけることも、正式な手続きを経ずとも早退することも、すべて大目に見てくれたとのこと。それは、茂之さんがこれまで積み上げてきた信頼によるものなのでしょう。 「遅れて行くことはほとんどなかったですね。遅れるぐらいなら、その日は休む方を取りました。勉強の遅れをそれで気にすることはありません。そういう日は、行ってもかゆさで授業に集中できないのですから、家で勉強している方が良かったのです」(茂之さん) 『アトピーを治すこと以上に大切なことはないんだ』。茂之さんは、しっかり、そのときそのとき何が大切かを見極めていました。かといって、アトピーという病に逃げて、勉強を放棄するようなことは一切なかったのです。 その頑張りは家族には痛いほど伝わっていました。いつも暗い気分に茂之さんが陥らなくてすむように、「温泉運びレース」「1滴残さず浴槽に入れられる人は誰かレース」「空き箱片付けレース」と、湯治をサポートすることを“苦”よりもむしろ、楽しむようにして応援してくれていたのです。 「本当は僕がかわいそうとか、辛そうだとかって思っていたのかなぁ。不幸のオーラが漂っていた?」 「マンガならバックにザザザッて黒い線が入るアレね(笑い)? 辛そうは辛そうだったけど、決して不幸に包まれたものではなかったわね。だって、治せる病気なんですもの」(牧子さん) |