離脱が退いてきた。首や背中の赤みが取れ、お尻の皮膚も再生。膝下には毛穴が盛り上がったような炎症が出ているが、これも治まりつつある。
 

薬漬けの4年後
再びあの本を開く


 密封法と並行して、1週間はステロイドの内服も。徹底的なステロイドの集中使用で1カ月後、症状はある程度治まりました。
「言われたことは忠実に守るんですよ、私。絶対に薬を忘れることはないんです。だから、毎日こまめに」(朝美さん)
 包帯は取れても、完全に治ったわけではありません。通院しながら、リドメックスというステロイドを塗り続けるのです。
 担当医が大学病院に移ると、朝美さんも転院。几帳面に通って4年後、ようやく副作用の存在を知ることに。心配した親戚の人が情報を集め、ステロイドを使い続けることの怖さを教えてくれたのです。
 薬をやめたのは97年5月。それからオムバスを訪れるまでの2カ月半に、朝美さんは酸性水、漢方薬、馬油などを矢継ぎ早にします。
「薬をやめたらバーッとひどくなっちゃって、夜眠れなくなって。顔もパンパンに腫れ上がるし、かゆみもものすごいし」(朝美さん)
 立子さんは改めて書店へ。今度はじっくり選んだ3冊の中に、また同じ本がありました。
「これ、4年前に買った本じゃない? って。『あのときに読んでいれば、こうなってなかったね』って言いながら」
「名医」も「良い薬」もダメだった。本で見つけた有名な漢方医も、「1日何袋飲んでもいいから」と大量の薬をくれただけ。半分さじを投げるような態度だったといいます。

温泉は1日で
濁った金魚鉢に


「もう、これしかないと思って来たから」
 大きな回り道をした分、薬では治らないことが身に沁みていた朝美さん。離脱のつらさは予想をはるかに越えていましたが、途中で湯治を投げ出すことはありませんでした。
 自宅温泉湯治の開始は97年8月23日。当初は100%でスタートしたのですが、温泉の汚れはあまりに激しく、濁った金魚鉢のような匂いが家中に充満。1日で交換せざるを得ず、翌月からは50%に薄めて経済的な負担を減らします。
 妹の美由紀さんはすでに嫁ぎ、ご両親と朝美さんの3人暮らし。お父さんは職場のお風呂に入り、お母さんも当分はシャワーで済ませることにしました。防御壁であるはずの皮膚がボロボロになり、感染症を起こしやすくなっているからです。
「お風呂は面倒くさくて嫌いだったけど、入らなきゃいけないって自分に言い聞かせて、イヤでも何でもひたすら入ってました」と朝美さん。湯治は1日4〜5時間を欠かさずに。
 睡眠も満足に取れない体で長時間の湯治に耐えられたのは、比較的体力があったから。そして、生活のすべてを家族に甘え、治すことに集中できたからです。
「夜中もかゆがって暴れてますから、放っておけないんです。夜通しかいてやってますから、私も1時間か2時間しか眠れないんですよ。お父さんは朝、自分でお弁当つくって仕事に行きました。私はとてもお父さんの世話どころじゃないから」(立子さん)


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