胸から上の上半身を中心に、細かい湿疹が無数に広がっている。手軽な民間療法とステロイドで、症状の噴き出しをただ抑えている肌。色は黄色い。


「アトピーになって、良い意味での忍耐を知りました。症状が出たのは、決して喜べたことではなかったけれど、それに端を発していろいろ考えてきたことが、今の自分を作っているのだと思います」

 安本政二郎さんの湯治が始まったのは、平成7年6月19日、高校2年の夏でした。それから3年9カ月、途中、第一志望校に現役合格を見事果 たしながら、平成11年3月26日、自宅温泉湯治修了証書を担当・横山滋カウンセラー(日本オムバス大阪)から受け取り、青年は、この湯治期間を改めて振り返ります。「今思うに“宝”になっている」と。

大人になれば
きっと治るもの


 安本さんは、まだ小学校低学年だった頃、体の部分部分にかゆみを覚えるようになりました。その頃から、皮膚が弱い=軽いアレルギー体質と自認してはいたものの、『歳をとれば治るもの』と誰からともなく聞かされ、特に体質を気にするでもなく過ごしています。しかし、周りの大人たちは心配顔です。

 男の子ですから、別に肌が荒れていてもどこ吹く風。体育の授業後にかゆくなる感覚を除けば、平気でいられたそうですが、ご両親から用意される健康食品、にんにく入浴材、ローヤルゼリー、アトピー肌用消毒石鹸など、「手軽な民間医療の薬」が次々と生活アイテムに加わっていくようになりました。中学生になってからは、それらの製品名に交じり、ついにマイザー(合成副腎皮質ホルモン:ジフルプレドナード。原則として子どもには処方できないほど作用が強い)やリンデロンVG(吉草酸ベタメタゾンと硫酸ゲンタマイシンの合成ステロイド剤)といったステロイドの名前も登場しています。

 中学も3年生になると、子ども体型が大人っぽく変化していきます。ならば「勝手に治る日」も近いはずと思っていた安本さんでしたが、ある日突然、顔全体が気味の悪いブツブツに覆われることに。ヘルペスウィルスの感染症でした。
「ショックでしたね。いきなりのことでわけ分からんし。ヘルペスって言葉もそのとき初めて聞きました。治ってきてるものとばかり思っていたので、吹き出した症状に唖然としました」

 体がかゆい程度のことで、絶対に学校を休むわけにはいかないとずっと頑張り続けていた安本さんでしたが、「さすがにみんなが気持ち悪がるだろうから」と、しばらく休むことに。

 ヘルペスが退いた後も、医者から処方されていた弱い・普通・強いの3種のステロイドを、状態を見極めながら選んでは塗る日々。並行して、漢方薬・お灸・塩洗浄・毒の吸い出し、そして以前からの健康食品と、試せる療法すべてを取り入れていたような毎日が続きました。


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